
森羅万象の力に、人間が挑んだとき。触れてはいけないものに、人間が触れたとき。取り返しがつなかくなる前に、人間がやるべきことは・・・腐葉土化されていく都会での仕事を捨てた私は、釣場管理人の職を得て、大自然の中で生き始める。太陽の輝き、清らかな水、精錬な渓谷のみを住み処とする魚たちと生きていくうちに、鱒、岩魚など養殖の中ではもっとも難しいといわれる渓流魚の養殖に挑むことに。しかし、娘と妻を相次いで亡くし、失意の底に落とされた私を待っていたものは。釣り文学の第一人者が大自然からの戒めを警告する。

シンプルに生きてきた。仕事もがんばってきた。恋は若い人のものとあきらめていた。しかしあるとき彼が傍らに。セクシャリティと共存するあなたの生き方を誰が予想していただろうか。結婚とは違う「めくるめく」恋の4つのものがたり。

「アジアの風」に続く、詩集。彼の詩の素材となっているのは、海外や国内の旅で得た知識と多面的な人間像である。それらを凝縮し、作品にまとめている発想には、自然展開によって構成したものの中から、素朴で清々しい生命の本質を意識させる彼の感性の良さと、誠実な人間性の中に流れる生き方への愛情を基調としていることが窺える。理解しやすい文体で親しみを覚えると共に、爽やかな風を感じるような詩集である。(帯より)

スポーツチャンバラ創始者でおなじみの田辺哲人による渡世術エッセイ。著者による「言い訳は緩衝材・・・いいわけはするな、とか。すなおに謝れ、とか。説教をする人がいるが、いいわけは、した方がよい。人格と人格の対峙であるから。我慢は、身体に良くないどころか、矜持との均衝がある。皆に自分を解ってもらわなければ、存在がない。自分が、自分をかばわなくて、誰がかばう。いいわけをしても、しなくても叱られるなら、それは、それでいいではないか。まずは、いいわけは、自分の心をかばう緩衝材、自分は、自分の一番の味方だから」(本文より)

第一部 国家による身体観の形成第1章 教育制度によって形成される身体観第2章 軍人勅諭・教育勅語にあらわれる身体観第二部 明治期のメディアにあらわれる身体観第3章 日清戦争前後の少年雑誌にいる身体観第4章 日露戦争前後の少年雑誌にみる身体観第5章 メディア・スポーツ・イベントにあらわれる身体観終章 近代的身体の臨海日本人の身体は如何にして近代化したのか?教育制度が求めた理想の身体?メディアにあらわれた身体とは?身体と共同体の関係は?われわれの身体はいま、どのようにとらえられているのだろうか・・・明治の身体観から読み解く。

「頼れるものは出自の良さのみ 覚めた目で自らを見たかと思えば 欲望をむき出しにする 利用し利用され騙し騙され流れ流され 大地をなめても生き抜いた男 足利義昭大地をなめても生き抜いた男・・・足利義昭

因習、魔性、超能力、深謀、先駆、宝珠、迷信・・・百年前のアフリカ。人類の原風景を舞台に繰り広げられる現と幻。時は明治。日本人有馬慈郎は「黄金虫部族の大長アジャルタイの娘ラサキの故国脱出護衛役」としてアフリカの秘境に突入。黄金虫部族の地には銀の壷の木がそびえ、どこで発生するのか黄金虫が雲集。業病に苦しむ敵対部族の白蛾人の王を、黄金虫の粉末によって快癒させた聖者アジャルタイの志。しぶとくも追跡してくる尾のある密偵ラビゲヌス。神秘の予知能力を駆使して地獄の砂漠を突破するラサキ。にわか出現の大湖のほとりで衝撃の告白。部族の因習によって生命の危機に立つ子や孫の救出をはかる先革者アジャルタイの深謀。

武田信玄の本物の肖像画。今まで信玄の肖像画といわれていたものは能登の武将の肖像画だった。●能登の武将畠山義続の肖像と取り違えられていた信玄肖像●深謀の信玄にして武田滅亡のタネを植え付けていた●甲陽軍艦にも潤色。作者高坂弾正の狙いは?山梨新報で連載され好評のコラムが本になって登場。










